離婚訴訟を含む民事訴訟においては、刑事事件のように違法収集証拠を当然排除するとのルールはなく、比較的緩やかに運用されていると思いますが、明らかに違法に収集された証拠については証拠として認められないことがあります。
また、違法収集証拠が排除されるか否かどころか、証拠を違法に収集したこと自体が問題となることもあります。
依頼者が自分で違法に収取した証拠を弁護士に渡し、弁護士が漫然と訴訟で提出してしまったため、依頼者本人に不利益が生じ、弁護士に対して慰謝料を請求した裁判例がありますので紹介します。
福岡地裁平成19年3月1日判決
事案の概要
① 妻は、夫Xと別居した後、夫Xに対し離婚訴訟を提起し、夫Xは弁護士Yに訴訟委任した。
② 離婚訴訟の一審判決は、妻の離婚請求を認容し、かつ、夫Yから妻に対し慰謝料200万円、財産分与500万円、養育費の支払を命じた。同判決に対し、夫Xは控訴した。
③ 控訴審係属中、夫Xは、争点であった財産分与に関して、妻が隠し財産を有していることを明らかにするため、銀行支店長の地位を利用し、妻の父名義の預金取引明細書を入手し、弁護士Yに渡した。
④ 弁護士Yは、漫然と、上記預金取引明細書を訴訟において証拠として提出した。
⑤ 妻の父から、銀行に対し、自分の同意なく夫Xが預金取引明細書を取得したことにつき強い抗議があり、その結果、離婚訴訟において、夫Xとしては不本意な和解がなされた。
⑥ 夫Xは弁護士Yに対し、弁護過誤を理由として慰謝料請求訴訟を提起した。
判決
判決は次のように述べて、弁護士Yに対し慰謝料150万円の支払を命じました。
「弁護士Yは、訴訟委任を受けた弁護士として委任者である夫Xに対し善管注意義務(民法644条)を負っているところ、夫Xが弁護士Yに届けた本件預金取引明細書について、これが名義人の承諾を得ることなく違法に入手されたものである可能性が高く、このことが露見すれば勤務先において夫Xが不利益処分を受ける可能性が高いことを容易に予見することができたにもかかわらず、これを漫然と書証として提出したものであって、弁護士としての善管注意義務に反しているというべきであり、これにより夫Xが被った損害を賠償すべき責任がある。」
「弁護士Yが夫Xにおいて違法に取得した可能性がある本件預金取引明細書を漫然と書証として提出したことは、夫Xの利益を守ることが要求されている弁護士の基本的な善管注意義務に違反するものであること、夫Xは、本件預金取引明細書を弁護士に交付したことが露見したことにより、花子の父親から夫Xの勤務先に対する抗議を受け、職場でつらい立場に置かれることとなり、これを収束させるために、不本意ながら別訴離婚事件について離婚を含め和解による解決を選択せざるを得なくなったこと、勤務先において、前回の異動からわずか6か月で長年従事していた営業部門から事務部門に異動となったこと、夫Xは一審判決直後の平成○○年○○月○○日から平成○○年○○月ころまで軽うつ病で通院治療を受けていたが、本件預金取引明細書の件も夫Xに相当の心理的不安を生じさせたことがうかがわれること、しかしながら、他方、本件預金取引明細書を私的に利用するという違法行為を行ったのは夫X自身であり、弁護士Yの指示に基づいて行ったものではないこと、その他本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると、夫Xの精神的苦痛を慰謝するためには、金150万円をもってするのが相当である。」
コメント
上記案件において、弁護士Yが漫然と違法収集証拠を提出したことは弁護過誤であるとされていますが、一方、夫Xが違法な行為を行ったことも指摘されています。
違法収集証拠だと言われることのないよう、証拠の収集については十二分に注意したいところです。
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(弁護士 井上元)