結婚により夫の氏に変更した女性が離婚すると、旧姓に戻るのが原則ですが(民法767条1項、771条)、離婚の被から3か月以内に戸籍係へ届け出ることによって、離婚の際に称していた氏(婚姻中の氏)を称することができます(民法767条2項)。これを「婚氏続称」と言います。
ところが、婚氏続称を選択したものの、その後の事情の変化により、婚姻前の氏を称したいという場合もあります。この場合、家庭裁判所の許可が必要となり、「やむを得ない事由」が必要となります(戸籍法107条1項)。
これは、個人の識別手段である氏が安易に変更されると社会は混乱することから、呼称秩序を維持するために安易な変更を認めない趣旨であるとされています。名の変更は「正当な事由」がある場合に認められる(同法107条の2)のと比べて、より厳格な要件となっているのです。
「やむを得ない事由」の判断については、婚氏続称制度施行後しばらくの間は通常の氏の変更と同様に厳格に解するものと、緩やかに解するものとに分かれていたところ、現在では緩やかに解する傾向にあるようです。
公刊される裁判例は少ないのですが、東京高裁平成26年10月2日決定により、離婚後15年以上婚氏を称した者について婚姻前の氏に変更する「やむを得ない事由」があると判断しました。「やむを得ない事由」を認めた過去の裁判例と併せてご紹介します。
東京高裁平成26年10月2日決定
抗告人は、離婚後15年以上、婚姻中の氏である「○○」を称してきたのであるから、その氏は社会的に定着しているものと認められる。しかし、①一件記録によれば、抗告人が、離婚に際して離婚の際に称していた氏である「○○」の続称を選択したのは、当時9歳であった長男が学生であったためであることが認められるところ、前提事実によれば、長男は、平成24年3月に大学を卒業したこと、②抗告人は、平成17年、抗告人の婚姻前の氏である「△△」姓の両親と同居し、その後、9年にわたり、両親とともに、△△桶屋という屋号で近所付き合いをしてきたこと、③抗告人には、妹が2人いるが、いずれも婚姻しており、両親と同居している抗告人が、両親を継ぐものと認識されていること、④長男は、抗告人が氏を「△△」に変更することの許可を求めることについて同意していることからすれば、本件申立てには、戸籍法107条1項の「やむを得ない事由」があるものと認めるのが相当である。
その他の裁判例
大阪高裁平成17年3月3日決定
日本人男性と婚姻後に帰化し夫の戸籍に入籍した抗告人が、離婚後、前夫の氏と同じ氏で自己を筆頭者とする新戸籍を編成したものの、子の高校進学を機に新たに選択した氏への変更の許可を求めた事件の即時抗告審において、本件に顕れた事実関係を総合すると、日本人であれば婚氏続称後の復氏に当たるものとして抗告人の希望する氏を評価するのが相当であり、抗告人の氏を同人の希望する氏に変更すべき「やむを得ない事情」があると認めるのが相当であるとして、申立てを却下した原審判を取り消し、認容しました。
東京高裁平成15年8月8日決定
「抗告人は、最初の離婚に際して婚氏「A」を選択したため、2度目以降の離婚に際してもはや民法767条によっては最初の婚姻前の氏である生来の氏「B」に復することができなくなったものである。したがって、本件は、離婚に際して婚氏を称することを届け出た者が婚姻前の氏と同じ呼称にしたい旨の申立てとは異なるが、生来の氏への変更を求めるものであるから、婚姻前の氏と同じ呼称に変更する場合に準じて、氏の変更の申立てが恣意的なものであるとか、その変更により社会的弊害を生じるなどの特段の事情のない限り、その氏の変更を許可するのが相当である。前記認定の事実によれば、抗告人が本件氏の変更許可を求める動機や事情を考慮すると、本件申立てが恣意的なものとはいえないし、抗告人の氏が「B」に変更されることに特に社会的に弊害があるとは認められず、戸籍法107条1項所定のやむを得ない事由があるものと認めることができる。」
千葉家庭裁判所平成11年12月6日審判
離婚に当たり婚氏継続の届出をし、その後の再婚で配偶者の氏を称する婚姻届をし、その後再び離婚し再婚前の氏に戻った者が、生来の氏に変更することの許可を求めた事案において、生来の氏への変更を求める場合は、婚姻前の氏と同じ呼称に変更する場合に準じ、それが濫用にわたるものではなく、特に弊害がなければ、これを認めても差し支えないとした。
福岡高裁平成6年9月27日決定
離婚後、11か月間、婚氏の継続使用を選択した者が婚姻前の氏に変更することに戸籍法107条1項の「やむを得ない事由」を認めました。
仙台家裁石巻支部平成5年2月15日審判
「人の氏は、生来の氏が本来的なものであり、離婚後、婚氏を称することは例外的なことに属するから、たとえ、婚氏が社会的に定着していると考えられる場合においても、婚氏を称することに耐えられなくなったときは、債権者の追及を逃れるなど不当な目的があるとか、何度も氏を変更することになるなど、社会的に弊害を生ぜしめる事情がない限り、戸籍法107条1項所定の「やむを得ない事由」に該当すると解するのが相当である」として、婚姻中及び離婚後の合計27年間の長きにわたって社会的に定着している婚氏から婚姻前の氏への変更を許可しました。
大阪高裁平成3年9月4日決定
離婚後に婚氏を11年間使用した者が婚姻前の氏に変更することを認めました。
「戸籍法107条所定の氏の変更は、民法上の氏の変更をするものではなく、単に、名とともに個人を特定するための呼称上の氏を変更するにとどまるものであって、民法767条2項に基づく戸籍法77条の2の婚氏続称届をした場合も同様であり、離婚によって、民法上の氏は婚姻前の氏に復し、ただ、呼称上婚氏を続称することが許されるに過ぎないものとするのが相当である。
すなわち、婚姻によって氏を変更した者が、離婚によって婚姻前の氏に復することは、離婚が行われたことを社会的にも明確にし、新たな身分関係の形成を公示しようとする制度の目的を支えるものであって、ただ、上記必要性を上回る婚氏続称の要求がある場合には、例外的にこれを認めることにしたものと見るのが相当である。
このような見地からは、離婚をして婚氏の続称を選択した者が、その後婚前の氏への変更を求める場合には、戸籍法107条所定の「やむを得ない事由」の存在については、これを一般の場合程厳格に解する必要はないというべきところ、抗告人が離婚後、婚氏を続称したために、前記認定のような日常生活上の不便・不自由を被っていることの認められる本件においては、抗告人の戸籍法107条1項に基づく、本件氏の変更の申立には、「やむを得ない事由」があるものと解するのが相当である。」
コメント
上記裁判例のうち高裁決定は、家庭裁判所が却下した審判を取り消して認めたものであって、判断が分かれることも多いようです。
(弁護士 井上元)