養育費・婚費不払いと給料差押

 公正証書や裁判(調停・審判・判決)により(元)夫から慰謝料や養育費・婚姻費用(婚費)を支払ってもらうことが決まっている場合、公正証書や調停調書・審判・判決に基づき、(元)夫の財産を差し押さえることができます。

 給料差押えの場合、養育費・婚費については強制執行の特則があり、慰謝料とは差押えの内容が異なります。そこで、給料差押えの場合につき、養育費・婚費と慰謝料を対比させて説明します。

設例

1 妻Xが夫Yとの間で離婚調停を行い、次の内容で調停が成立した。

① XとYは調停離婚し、Xが未成年の子の親権者となる。

② YはXに対し、子の養育費として平成28年4月末から10年間、毎月末日限り月額5万円を支払う。(支払総額600万円)

③ YはXに対し、慰謝料として金300万円を支払う。

2 Yは上記養育費および慰謝料を全く支払わないため、Xは平成29年4月、Yの給料を差し押さえることとした。

差押えの請求債権について

1 慰謝料

 民事執行法30条1項で「請求が確定期限の到来に係る場合においては、強制執行は、その期限の到来後に限り、開始することができる。」と規定されています。

 慰謝料金300万円は直ちに支払うこととなっていますので、Xは金300万円を請求債権としてYの給料を差し押さえることができます。

2 養育費・婚費

 養育費についても民事執行法30条1項が適用されると、平成29年4月の時点で支払期限が到来している分は1年分ですから、請求債権は5万円×12=60万円となりそうです。

 しかし、民事執行法151条の2で、婚費や養育費などについては、「その一部に不履行があるときは、第30条第1項の規定にかかわらず、当該定期金債権のうち確定期限が到来していないものについても、債権執行を開始することができる。」と規定されていますので、未払分全額の600万円を請求債権として給料を差し押さえることができます。

 従来、婚費や養育費についても期限が到来した請求権しか差押えできず、何度も差押えしなければならなかったのですが、法改正により未払分全額を請求債権として差押えすることができるようになりました。ただし、実際に回収できるのは期限が到来した養育費に限ります(同法151条の2第2項)。

差押の範囲について

1 慰謝料

 慰謝料金300万円を請求債権として差し押さえることができるYの給料は、民事執行法152条1項により、支給額から税金等を控除した残額の4分の1となります。例えば、Yの手取額が28万円なら7万円です。

 ただし、同法152条1項本文及び民事執行法施行例2条により、33万円を超える部分については全額差押さえることができます。すなわち、Yの手取額が44万円を超える場合には33万円を控除した額、例えば、44万円なら11万円、45万円なら12万円(4分の1なら11万2500円になります)、50万円なら17万円(4分の1なら12万5000円になります)を差し押さえることができます。

2 養育費・婚費

 養育費・婚費については、同法152条3項により手取額の2分の1を差し押さえることができます。例えば、Yの手取額が28万円なら14万円です。

 そして、同法152条1項本文及び民事執行法施行例2条により、33万円を超える部分については全額差押さえることができることは同様です。したがって、Yの手取額が66万円を超える場合には33万円を控除した額、例えば、66万円なら33万円、70万円なら37万円(2分の1なら35万円)を差し押さえることができます。

慰謝料と養育費・婚費が競合する場合

 上記設例では、平成29年4月の時点で、慰謝料300万円と養育費1年分60万円が期限到来分となります。

 Yの手取額が40万円なら、慰謝料の差押可能額は10万円、養育費の差押可能額は20万円となります。この場合、差押可能額は30万円とはならず20万円です。そして、充当については、20万円を慰謝料と養育費で分け合うという方法と、全額を養育費に充てる方法があります。

 養育費・婚費と慰謝料等の両方の債権がある場合の給料差押えは複雑になりますので、弁護士にご相談されることをお勧めします。

関連法令

民事執行法

(期限の到来又は担保の提供に係る場合の強制執行)

第30条 請求が確定期限の到来に係る場合においては、強制執行は、その期限の到来後に限り、開始することができる。

2 担保を立てることを強制執行の実施の条件とする債務名義による強制執行は、債権者が担保を立てたことを証する文書を提出したときに限り、開始することができる。

(継続的給付の差押え)

第151条 給料その他継続的給付に係る債権に対する差押えの効力は、差押債権者の債権及び執行費用の額を限度として、差押えの後に受けるべき給付に及ぶ。

(扶養義務等に係る定期金債権を請求する場合の特例)

第151条の2 債権者が次に掲げる義務に係る確定期限の定めのある定期金債権を有する場合において、その一部に不履行があるときは、第30条第1項の規定にかかわらず、当該定期金債権のうち確定期限が到来していないものについても、債権執行を開始することができる。

一 民法752条の規定による夫婦間の協力及び扶助の義務

二 民法760条の規定による婚姻から生ずる費用の分担の義務

三 民法766条(同法749条、第771条及び第788条において準用する場合を含む。)の規定による子の監護に関する義務

四 民法877条から第880条までの規定による扶養の義務

2 前項の規定により開始する債権執行においては、各定期金債権について、その確定期限の到来後に弁済期が到来する給料その他継続的給付に係る債権のみを差し押さえることができる。

(差押禁止債権)

第152条 次に掲げる債権については、その支払期に受けるべき給付の4分の3に相当する部分(その額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは、政令で定める額に相当する部分)は、差し押さえてはならない。

一 債務者が国及び地方公共団体以外の者から生計を維持するために支給を受ける継続的給付に係る債権

二 給料、賃金、俸給、退職年金及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る債権

2 退職手当及びその性質を有する給与に係る債権については、その給付の4分の3に相当する部分は、差し押さえてはならない。

3 債権者が前条第1項各号に掲げる義務に係る金銭債権(金銭の支払を目的とする債権をいう。以下同じ。)を請求する場合における前2項の規定の適用については、前2項中「4分の3」とあるのは、「2分の1」とする。

民事執行法施行令

(差押えが禁止される継続的給付に係る債権等の額)

第2条 法第152条第1項各号に掲げる債権(次項の債権を除く。)に係る同条第1項(法第167条の14及び第193条第2項において準用する場合を含む。以下同じ。)の政令で定める額は、次の各号に掲げる区分に応じ、それぞれ当該各号に定める額とする。

一 支払期が毎月と定められている場合 33万円

二 支払期が毎半月と定められている場合 16万5000円

三 支払期が毎旬と定められている場合 11万円

四 支払期が月の整数倍の期間ごとに定められている場合 33万円に当該倍数を乗じて得た金額に相当する額

五 支払期が毎日と定められている場合 1万1000円

六 支払期がその他の期間をもつて定められている場合 1万1000円に当該期間に係る日数を乗じて得た金額に相当する額

2 賞与及びその性質を有する給与に係る債権に係る法第152条第1項の政令で定める額は、33万円とする。

参考サイト

(弁護士 井上元)