監護権者の指定の必要性について判断した大阪家裁平成26年8月15日審判の概要をご紹介します。
事案の概要
家族構成等
夫婦は、平成17年に婚姻し、長男(平成17年生)及び長女(平成18年生)(以下「未成年者ら」という)が生まれた。夫は、再婚であり、離婚した前妻との間に生まれたA(平成9年生)及びB(平成10年生)の親権者になっており、夫婦、未成年者ら、A及びBの6人で暮らしていた。なお、妻は、A及びBと養子縁組はしていない。
しかし、妻は、夫が職を転々とすることやパチンコ等の遊興費にお金を遣うことなどから、離婚を考えるようになり、平成25年、自宅を出て、近くの実母宅に住むようになった。
夫婦間の夫婦関係調整の調停事件は、平成26年に、調停不成立となり、現在、離婚訴訟が係属している。妻は、夫に対し、未成年者らの監護権者として妻を指定することを求める申立てをした。
未成年者らの監護状況
平成25年別居時以降、概ね次のような生活が現在まで続いている。
妻は、月曜日から土曜日までのうち、夕方夫が不在で妻の勤務時間が通常勤務(午後5時に勤務終了)の日には、買物をした後、自宅に行き、夕食の用意をして、未成年者らに食べさせるなどし、しばらく一緒に過ごし、午後9時ないし11時頃に妻の実母宅に戻る。夫は、勤務を終えて午後11時か12時頃に自宅に帰宅する。
妻の勤務が遅出(午後8時勤務終了)の日は,未成年者らは,妻の実母宅に帰り、妻の実母が作った夕食を食べる。妻は午後9時頃帰宅するので、未成年者らを自宅に送り届ける。
夫が仕事の休みの日や夫が早く帰宅する日は、妻が自宅に行くことはなく、夫が未成年者らやA、Bの監護をしている。
日曜日は、原則として、第2及び第4日曜日は妻が、第1及び第3日曜日は夫が未成年者らと過ごしている。日曜日に妻が未成年者らと過ごすときは、未成年者らは,土曜日の夜から妻の実母宅に泊まる。日曜日に夫と過ごすときは、家事や食事の準備を夫と一緒にした後、夫と外出することが多く、AやBが同伴することもある。
家庭裁判所調査官による調査結果
家庭裁判所調査官は、自宅で未成年者らと面接し、裁判所においてA及びBと面接した。その結果は,次のとおりであった。
Aは、妻と夫の不仲を機に,妻のA及びBへの接し方が変わったと感じ、心を痛めていた。妻への思慕や妻に裏切られたような感覚、妻と夫の紛争に未成年者らが巻き込まれていることへのやるせなさ等、複雑な気持ちを持っていることがうかがえた。今後、家族6人で暮らしたいが、それが無理なら、きょうだい4人は離れたくない意思を示した。
Bは、妻と夫との紛争を冷静に見ており、妻に対しても必要以上に悪感情を持つことなく、妻と夫が和合するのが一番良いと考えている一方、現在の曖昧な状況が続くことへの懸念や、妻と夫の紛争が続いていることへの苛立ちを感じていることがうかがえた。きょうだい4人は離れたくないという思いを語った。
長男は、家族や紛争に関する質問には一切答えず、質問の主旨をはぐらかすような回答をすることもあった。調査時、飼猫を激しく叩く行動も認められ、家族や紛争のことを話したくないという思いを持っていることがうかがえた。長男が明確に述べたのは、「家族みんなで暮らしたい。」という思いだけであり、長男は、家族の和合を望みながらも実現が難しいことを察し、紛争と向き合うことを避けているのかもしれない。
長女は、妻と夫との不仲を自分なりに分析し、夫の態度が変われば家族の和合が実現するかもしれないという考えを述べた。長女は、家族全員への好意的な思いや家族の和合を望む気持ちを無邪気かつ率直に表現しており、本当に家族の和合が実現すると信じているのかもしれないが、一方、妻と夫の不仲という現実を受け止めることができず、和合が叶うと信じ込んで気持ちの安定を図っているのかもしれない。少なくとも、長女が妻と夫の不仲に心を痛め、寂しい思いを持っていることが確認できた。
審判の概要
(主文) 本件各申立てを却下する。
(理由)
未成年者らの監護者を指定する必要性について検討する。
現在は、妻と夫がほぼ同じ程度に未成年者らの養育監護をしているということができ、共同監護のような状態であるといえる。そして、妻は、夫の生活態度等について不満を述べるが、夫の未成年者らに対する監護養育に大きな問題があるとは認められず、現在の共同監護のような状態はそれなりに安定していると評価できる。家庭裁判所調査官の調査において、A及びBは、家族が元どおりになるのが最も良いが、少なくともきょうだい4人は離れたくないと言い、未成年者らも元どおりを希望している。
こうした子らの心情や現在の共同監護のような現状からすると、現時点において、未成年者らの監護者として妻と夫のいずれかを指定することは、未成年者らが妻と夫の双方と触れ合える現状を壊しかねず、相当でないということができる。
以上のとおりであるから,未成年者らの監護者の指定を求める本件各申立ては理由がないのでこれを却下することとし,主文のとおり審判する。
コメント
監護権者の指定の判断基準について
監護権者の指定の判断基準は、諸事情を総合的に比較考量して、その指定が「子の利益」になるか否かです。通常、心理学の知見のある家庭裁判所調査官による調査が行われ、それにより明らかになった夫婦の諸事情や子の事情を総合的に比較考量して、夫婦のいずれが監護権者として適格であるかを決定します。その考慮要素としては、夫婦側の事情として、主たる監護者(子の出生以来、主として子を継続的かつ適切に監護してきた者)、監護能力、精神的・経済的家庭環境、居住・教育環境、子に対する愛情の度合、従来の監護状況、実家の資産、親族の援助の可能性等が挙げられます。子側の事情として、年齢、性別、心身の発育状況、従来の環境への適応状況、環境の変化への適応性、子の意向、夫婦及び親族との結びつき等が挙げられています。
最近の裁判例の傾向としては、これらの要素のうち、「主たる監護者」の要素を重視し、主たる監護者であった者による従来の監護に問題がなく、その監護能力や監護態勢等に問題がなければ、原則として、監護権者として、主たる監護者であった者を指定しているようです。もっとも、上記原則は、主たる監護者であった者による監護が適切なものであったことが前提となります。したがって、当該前提が成り立たないなど、主たる監護者による監護が「子の利益」に反するような事情が存在する場合には、当該申立てを却下又は認容する、あるいは監護権者として主たる監護者ではない親を指定するようです。
本件について
裁判所は、本件について、前述した監護権者としての適格性の判断の前に、監護権者の指定の必要性を検討し、当該必要性を欠くとして、本件監護権者の指定を求める申立てを却下しました。当該判断の主な理由としては、別居後継続して共同監護の状況にある上、夫婦それぞれの監護状況に何ら問題はなく、当該共同監護の状態が安定していること、及び子らの心情等から、監護権者を夫婦の一方に指定すると、未成年者らが両親と触れ合える現状を壊しかねないことが挙げられています。
本件は、別居後の未成年者らの監護状況が夫婦の一方を主たる監護者と指定し得ない共同監護の状況にあり、夫婦それぞれの監護状況に何ら問題がない点で、やや特殊な事案です。監護権者の指定の必要性を検討した当該判断は珍しいですが、監護権者の指定の判断基準である「子の利益」になるか否かを念頭に置いた判断であると思われます。