監護権者の指定及び子の引渡しの判断基準はどのようなものか?

 監護権者の指定及び子の引渡しについての判断の際、裁判所は、どのような事情をどの程度、考慮しているのでしょうか。

福岡家庭裁判所平成26年3月14日審判の概要をご紹介します。

事案の概要

 夫婦は、平成19年に婚姻し、長女(現在6歳)と長男(現在4歳)(以下「未成年者ら」という)をもうけ、4人で暮らしていたが、平成25年に妻が未成年者らを連れ、実家へ戻り、夫との別居を開始した。妻の実家には、妻の父親、祖母、弟、及び妹が暮らしていた。

 夫は、妻の精神状態が不安定で、妄想がひどいが、病識がなく、未成年者らを養育することに大きな不安があるとして、離婚及び未成年者らの親権者を夫と定めることを求めて、家庭裁判所に対し、夫婦関係調整調停を申し立てた。しかし、調停期日に出頭した妻が対話性幻聴等により協議が可能な状態ではなかったため、夫は、当該調停の申立てを取り下げ、代わりに、子の監護権者の指定及び子の引渡しを求める調停を申し立てた。

 平成26年、同調停は、不成立により終了し、本件審判手続へ移行した。

審判の概要

 妻は、①別居時までは、未成年者らの主たる監護者であり、特段の問題がなく監護を行っていたが、②別居後は、約半年以上にわたり、未成年者らの監護を、専ら同居している妻の家族に任せ、自らはほとんど関わっていない状態にあり、監護意欲が著しく低下しているものと認められる。③同居している妻の家族は、それぞれの可能な範囲で、部分毎に未成年者らの監護に関わっているものの、未成年者らの生活全体を通して、その世話や躾をしている者はいない。その結果、未成年者らは、規則正しい生活を送り、年齢に応じた適切な指導(躾)や知的な刺激を受けることが、心身の健全な発育上重要な年齢であるにも関わらず、起床・就寝時間や食事時間が遅く(特に長女については、起床時間が正午過ぎとなったり、就寝時間が頻繁に深夜を回るなど、生活リズムの乱れが顕著である。)、菓子で食事を代替するなどの不規則な生活を送り、これを是正するための躾を受けることもなく、日中も監護者に構われることもなく、ほとんど未成年者ら2人のみでテレビやゲームで遊ぶという生活が日常化しているのであり、そのような監護状況が未成年者らの発育上好ましくないことは明らかである。④そして、長女(現在6歳)は平成26年に小学校に入学すべきところ、妻は、離婚ができないと何もできないと主張して、長女の入学手続をしておらず、妻の精神状態を考慮すると、今後も妻の監護下にあった場合には、同手続がされる見込みは認められない。

 一方、夫は、①別居時までは、未成年者らの主たる監護者ではなかったものの、休日等には、未成年者らの食事を準備するなどして、その監護に関わっていたところ、その監護内容に問題とすべき点があったことをうかがわせる事情はなく、夫の自宅の現状を見ても、現在の家事の遂行状況に特段の問題はうかがわれない。②そして、夫は、現在も、週5日フルタイム勤務をしているものの、保育園や小学校及び学童保育等の今後の未成年者らの平日の滞在先を確保する手続を済ませ、自らの勤務時間、休日、勤務内容等を未成年者らの登園・帰宅時間や休日に合うよう調整するなどして、適切な監護態勢を具体的に整えており、その監護意欲も高いものと認められる。③また、夫は、別居後も、未成年者らとの面会交流を継続し、両者の関係は良好であり、長女は、小学校への入学を楽しみにし、夫との同居に積極的な意向を示している。

 以上の妻と夫のそれぞれの監護意欲、監護態勢その他の事情を比較すれば、妻の監護状況は適切ではなく、夫の監護意欲及び監護態勢の方が優っているというべきであり、夫を未成年者らの監護権者として指定することが未成年者らの利益に最も適うものと認められる。

 そして、妻が未成年者らを監護中であり、妻自身は、家庭裁判所調査官に対し、夫が未成年者らを養育できるはずがないと述べ、その引渡しを拒否するような態度を示していることを考慮すると、妻に対し、未成年者らを夫に対して引き渡すよう命じるのが相当である。

説明

監護権者の指定及び子の引渡しについて

 「監護権」は、本来「親権」の一内容をなすものですが、主に、(a)離婚に際し、親権者とは別に監護権者を指定する必要がある場合、(b)離婚後に、監護権者の指定を求める場合、(c)別居する夫婦間で、監護権者の指定を求める場合には、監護権と親権とを切り離して、監護権者と親権者を別個に定めることができます。

 別居中の夫婦間で、まだ単独監護権者が定まっていない場合(上記(c)の場合)に、「子の監護に関する処分」(家事事件手続法39条・別表第2の3の項)の一態様として、非監護親から監護権者指定を申し立てる場合には、同一の態様(同法39条・別表第2の3の項)としての子の引渡請求、及び当該請求を本案とする審判前の保全処分としての子の引渡請求(同法105条・157条1項3号)と併せて申し立てることが多いです。

監護権者の指定及び子の引渡しの判断基準について

 夫婦の別居中に子の引渡しが問題となる場合は、夫婦双方が親権者であるので、引渡しを求める一方が子の監護権者として適格であることが前提となります。そして、子の監護について必要な事項は、「子の利益を最も優先して考慮しなければならない」(民法766条1項、2項)とされています。

 したがって、監護権者の指定及び子の引渡しの判断基準は、諸事情を総合的に比較考量して、その指定及び引渡しが「子の利益」になるか否かです。通常、心理学の知見のある家庭裁判所調査官による調査が行われ、それにより明らかになった夫婦の諸事情や子の事情を総合的に比較考量して、夫婦のいずれが監護権者として適格であるかを決定します。

 その考慮要素としては、夫婦側の事情として、主たる監護者(子の出生以来、主として子を継続的かつ適切に監護してきた者)、監護能力、精神的・経済的家庭環境、居住・教育環境、子に対する愛情の度合、従来の監護状況、実家の資産、親族の援助の可能性等が挙げられます。子側の事情として、年齢、性別、心身の発育状況、従来の環境への適応状況、環境の変化への適応性、子の意向、夫婦及び親族との結びつき等が挙げられています。

 最近の裁判例の傾向としては、これらの要素のうち、「主たる監護者」の要素を重視し、主たる監護者であった者による従来の監護に問題がなく、その監護能力や監護態勢等に問題がなければ、原則として、監護権者として、主たる監護者であった者を指定しているようです。

 もっとも、上記原則は、主たる監護者であった者による監護が適切なものであったことが前提となります。したがって、当該前提が成り立たないなど、主たる監護者による監護が「子の利益」に反するような事情が存在する場合には、監護権者として、主たる監護者であった者以外の者を指定するようです。

 なお、監護権者の指定及び子の引渡しの判断基準は、親権者の指定の判断基準と同じです。

本件について

 本件では、妻を「主たる監護者」と認定しつつ、妻の監護能力・監護意欲の低下、及び子らの監護態勢・監護環境が「子の利益」に反し不適切であること等の事情を重視して、監護権者として、主たる監護者ではない夫を指定しました。

 (二宮周平、榊原富士子『離婚判例ガイド(第3版)』189頁~206頁(有斐閣)、判例タイムズ1412号387~391頁、判例タイムズ1100号182頁参照)