離婚後、妻の婚姻前の氏から婚氏への変更について「やむを得ない事由」は認められるか?

1 問題の所在

 婚姻によって氏を改めた妻は、離婚によって、何らの手続を要せずに、法律上当然に婚姻直前の氏に復します(復氏)。

 もっとも、離婚の日から3か月以内に、「離婚の際に称していた氏を称する届出」(いわゆる婚氏続称の届出/戸籍法77条の2)をした場合には、離婚の際に称していた氏を使用することができます(民法767条2項・771条)。

 離婚の日から3か月を経過した場合、復氏した妻が婚氏を続称するためには、氏変更の原則に従って、家庭裁判所の許可(家事事件手続法別表1第122項、戸籍法107条1項)を得た上で、氏の変更の届出をしなければなりません。

 離婚に際しこのように婚氏続称を選択した妻が、後になって婚姻前の氏への変更を求める場合も、氏変更の原則に従って、家庭裁判所の許可を得た上で、氏の変更の届出をしなければなりません。

 ただし、氏の変更の許可のためには、「やむを得ない事由」(戸籍法107条1項)が必要とされるので、いかなる場合にも認められるわけではありません(東京弁護士会法友全期会家族法研究会『離婚・離縁事件実務マニュアル(第3版)』223頁~226頁(ぎょうせい)参照、二宮周平、榊原富士子『離婚判例ガイド(第3版)』179頁~185頁(有斐閣)参照)。

2 「やむを得ない事由」は認められるか

 離婚に際し婚氏続称を選択した妻が、後になって婚姻前の氏への変更を求める場合、「やむを得ない事由」は認められるのでしょうか。

 この問題について判断した東京高裁平成26年10月2日決定の概要をご紹介します。

事案の概要

 妻は、婚姻により夫の氏「○○」になったものの、その後離婚し、その際、婚氏続称の届出をして、離婚後15年以上、婚氏「○○」を称してきたところ、裁判所に対し、婚姻前の氏である「△△」に変更することの許可を求めた。

決定の概要

 妻は、離婚後15年以上、婚姻中の氏である「○○」を称してきたのであるから、その氏は社会的に定着しているものと認められる。

 しかし、(a)妻が、離婚に際して離婚の際に称していた氏である「○○」の続称を選択したのは、当時9歳であった長男が学生であったためであることが認められるところ、長男は、平成24年3月に大学を卒業したこと、(b)妻は、平成17年、婚姻前の氏である「△△」姓の両親と同居し、その後、9年にわたり、両親とともに、△△桶屋という屋号で近所付き合いをしてきたこと、(c)妻には、妹が2人いるが、いずれも婚姻しており、両親と同居している妻が、両親を継ぐものと認識されていること、(d)長男は、妻が氏を「△△」に変更することの許可を求めることについて同意していることからすれば、本件申立てには、戸籍法107条1項の「やむを得ない事由」があるものと認めるのが相当である。

解説

「やむを得ない事由」の判断基準について

 戸籍法107条1項は、氏に関する個人の自由意思と、呼称秩序の安定性という社会的な要請との調整として、氏を変更する「やむを得ない事由」がある場合にのみ、氏の変更を認めます。自分の氏が気に入らないというような主観的理由では変更は認められず、変更を認めなければ、社会生活上困るような客観的な事情が必要とされています。

 一般的にはこのような厳格な解釈がなされていますが、裁判例は、婚氏続称の届出をした者が婚姻前の氏に変更する場合には、個別具体的な事情を考慮したうえで、一般の氏の変更の場合よりも「やむを得ない事由」の判断基準を緩和して解釈すべきであるとしています。

 その理由としては、以下のように述べられています。

 婚姻によって氏を改めた者が離婚によって婚姻前の氏に復することは、離婚の事実を対外的に明確にし、新たな身分関係を社会一般に周知させることに役立つので、これが原則である。婚氏の続称は、上記必要性を上回る婚氏続称の要求がある場合に認められた例外というべきものである。(大阪高決昭和52年12月21日判時889号48頁、大阪高決平成3年9月4日判時1409号75頁参照)。

 以上の理由から、一般的な氏の変更の場合よりも「やむを得ない事由」の基準を緩和して解釈することができるとしています。

 その判断基準として、裁判例は、①婚氏続称の届出後、その氏が社会的に定着する前に申し立てたこと、②申立てが恣意的でないこと、③第三者が不測の損害を被るなどの社会的弊害が発生するおそれがないことを挙げています(東京高決昭和59年8月15日判時1127号107頁等参照)。ただ、①の基準については、多くの判例は、婚姻中も含めた婚氏そのものではなく、離婚後の婚氏が社会的に定着しているかどうかで判断しており、離婚後の婚氏の使用期間がかなり長期間であっても変更を認め(例えば11年(大阪高決平成3年9月4日判時1409号75頁参照)、15年(仙台家石巻支審平成5年2月15日家月46巻6号69頁参照))、基準の重点は、①ではなく②③に移っています(東京弁護士会法友全期会家族法研究会『離婚・離縁事件実務マニュアル(第3版)』223頁~226頁(ぎょうせい)参照、二宮周平、榊原富士子『離婚判例ガイド(第3版)』179頁~185頁(有斐閣)参照)。

本決定について

 本決定で、裁判所は、離婚後15年以上、婚氏続称してきた事例において、婚氏は社会的に定着しているものと認められるとしながら、婚氏続称を必要とした事情の消滅や氏の変更の必要性等を考慮し、氏の変更を許可すべきものと判断しました。これは、上記の緩やかに解する裁判例の流れを踏まえ具体的事実に沿って判断したものといえます(判例タイムズ1409号177頁、178頁参照)。