戸籍上の父は民法772条の嫡出推定を受けない子の扶養を負うか否かにつき、最高裁令和5年5月17日決定が判断していますのでご紹介します。
最高裁令和5年5月17日決定
事案の概要
⑴ 夫と妻は、平成25年頃から交際を始め、平成26年2月、婚姻の届出をした。
⑵ 妻は、同年4月、Aを出産し、Aを夫と妻の嫡出子とする出生の届出をした。その後、夫と妻は、Aを両者の間の子として監護養育した。
⑶ 夫と妻は、令和元年10月、妻が夫に対して離婚を求めたことを契機として、別居した。以後、妻がAを監護養育している。
⑷ 夫は、同年11月、Aが自らの子であるか否かについて疑問を抱き、DNA検査を実施したところ、その結果は、夫がAの生物学上の父であることを否定するものであった。妻は、夫から上記の結果を伝えられたが、これを強く否定せず、同年12月、夫の姉に対し、夫との婚姻の前に夫以外の男性と性的関係を持ったことがあり、Aを妊娠したことを知った時に上記男性がAの父親であるかもしれないと思ったが、そのことを夫には伝えなかった旨を述べた。
⑸ 夫は、令和3年3月、夫とAとの間の父子関係は存在しないとして親子関係不存在確認調停の申立てをするとともに、妻との離婚を求めて夫婦関係調整調停の申立てをした。親子関係不存在確認調停の手続において、妻は、夫がAの生物学上の父であるか否かについてDNA鑑定の実施を求め、これが実施された。その結果は、夫がAの生物学上の父であることを否定するものであったところ、妻は上記調停の期日に出席せず、上記の調停事件は、同年10月、不成立により終了した。また、妻は、上記夫婦関係調整調停の手続において、離婚に応じない姿勢を示し、上記の調停事件は不成立により終了した。
⑹ 一方、妻は、同年4月、夫に対して婚姻費用分担調停の申立てをした。上記の調停事件は、同年11月、不成立により終了し、上記申立ての時に本件申立てがあったものとみなされて、審判に移行した。
家裁
令和4年3月、本件父子関係は存在しないとした上で、このことに加え、本件の事実関係に照らすと、妻が夫に対して婚姻費用の分担を求めることは信義則に反するなどとして、本件申立てを却下する審判をした。
高裁
妻が夫に対して婚姻費用の分担として妻自身の生活費の分担を求めることは信義則に反するなどとした上で、要旨次のとおり判断して、令和3年5月(上記婚姻費用分担調停の申立ての日の属する月の翌月)から夫と妻との離婚若しくは別居状態の解消又は訴訟における本件父子関係の不存在の確定に至るまでの間、夫が妻に対して月額4万円を支払うべきものとした。
夫がAの生物学上の父であることはDNA鑑定によって否定されているものの、本件父子関係はこのことから直ちに否定されるものではなく、その存否は、訴訟においてその他の諸事情も考慮して最終的に判断されるべきものである。したがって、本件父子関係の不存在を確認する旨の判決が確定するまでは、夫はAに対する本件父子関係に基づく扶養義務を免れないから、Aの養育費相当額(月額4万円)は、夫の分担すべき婚姻費用に当たる。
最高裁
次のように述べて、高裁決定を破棄し、家裁審判に対する抗告を棄却しました。
「夫は、婚姻後に妻が出産し戸籍上夫婦の嫡出子とされている子であって民法772条による嫡出の推定を受けないもの(以下「推定を受けない嫡出子」という。)との間の父子関係について、嫡出否認の訴えによることなく、その存否を争うことができる。そして、訴訟において、財産上の紛争に関する先決問題として、上記父子関係の存否を確定することを要する場合、裁判所がこれを審理判断することは妨げられない(最高裁昭和50年(オ)第167号同年9月30日第三小法廷判決・裁判集民事116号115頁参照)。このことは、婚姻費用分担審判の手続において、夫婦が分担すべき婚姻費用に推定を受けない嫡出子の監護に要する費用が含まれるか否かを判断する前提として、推定を受けない嫡出子に対する夫の上記父子関係に基づく扶養義務の存否を確定することを要する場合であっても異なるものではなく、この場合に、裁判所が上記父子関係の存否を審理判断することは妨げられないと解される(最高裁昭和39年(ク)第114号同41年3月2日大法廷決定・民集20巻3号360頁参照)。
Aは、戸籍上夫と妻の嫡出子とされているが、妻が夫との婚姻の成立の日から200日以内に出産した子であり、民法772条による嫡出の推定を受けない。そうすると、本件において、夫のAに対する本件父子関係に基づく扶養義務の存否を確定することを要する場合に、裁判所が本件父子関係の存否を審理判断することは妨げられない。
ところが、原審は、本件父子関係の存否は訴訟において最終的に判断されるべきものであることを理由に、本件父子関係の不存在を確認する旨の判決が確定するまで夫は扶養義務を免れないとして、本件父子関係の存否を審理判断することなく、夫のAに対する本件父子関係に基づく扶養義務を認めたものであり、この原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。
以上によれば、原審の上記判断には、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原決定は破棄を免れない。そして、原決定後に夫から提出された判決の正本及び同判決の確定証明書によれば、本件父子関係が存在しないことを確認する旨の判決が確定したことが認められるから、夫がAに対して本件父子関係に基づく扶養義務を負うということはできず、その他、夫と妻が分担すべき婚姻費用にAの監護に要する費用が含まれると解すべき事情はうかがわれない。このことを前提にすれば、本件の事実関係の下において本件申立てを却下した原々審判は正当であり、原々審判に対する抗告を棄却すべきである。」
民法772条(嫡出の推定)
1 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
2 婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。
コメント
妻の不貞により婚姻関係が破綻した場合、妻自身の夫に対する婚姻費用分担請求は信義則に反するとして認められないのが通例です。本件では、「夫との婚姻の前に夫以外の男性と性的関係を持ったことがあり、Aを妊娠したことを知った時に上記男性がAの父親であるかもしれないと思ったが、そのことを夫には伝えなかった」との事実関係のもと、妻自身の婚姻費用は認めませんでした。
この場合であっても、夫(父)は子に対しては扶養義務を負いますので、子の扶養義務の範囲で婚姻費用は認められます。
本件は、夫と子の間に父子関係が存在しないことが法律上確定するまでの間の扶養義務の有無が争いとなったものです。
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(弁護士 井上元)