養育費と潜在的稼働能力につき判断した東京高決28.1.19

 離婚後、夫が妻に支払うべき子の養育費につき、夫の収入の実額ではなく潜在的稼働能力に基づき認定されることがあります。

 夫の潜在的稼働能力につき東京高裁平成28年1月19日決定が判断していますのでご紹介します。

 尚、以下では、裁判例の引用も含めて、離婚後の夫を「夫」、妻を「妻」と表記します。

東京高裁平成28年1月19日決定

事案の概要

① 夫と妻は、平成24年、未成年の子らの親権者を妻とし、夫が妻に支払うべき未成年者らの養育費を1人当たり月額6万円と定めて裁判上の和解により離婚した。

② 夫は、平成26年、妻に対し、夫の収入が減少し、妻の収入が増加したことを理由として、未成年者らの養育費を相当額に減額することを求める家事調停を家庭裁判に申し立てたが、不成立となり、審判に移行した。

③ 家庭裁判所は、平成27年に失職した夫につき、失職して間もなく、平成25年賃金センサスの産業計・男・学歴計・50~54歳による年収額678万に鑑みても、少なくとも平成25年の給与収入である604万円程度の給与を得る稼働能力があると認められると判断して、夫が妻に対して支払うべき未成年者らの養育費の額を月額4万円に減額するのが相当であるとした。

④ 夫は、これを不服として抗告し、抗告理由として、夫が無職状態であり、現在、雇用保険で生活を支えている状態であり、再就職をするにしても前職同様の収入が見込まれるような職種に就職できることは年齢的に考えられない(就職できたとしても月収20万円程度である。)のに、原審が賃金センサスに基づいて夫に604万円程度の給与を得る稼働能力を認定したことは不当である旨主張をした。

高裁決定

次にように述べて、原審判を取り消し、家庭裁判所立川支部に差し戻した。

「養育費は、当事者が現に得ている実収入に基づき算定するのが原則であり、義務者が無職であったり、低額の収入しか得ていないときは、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに単に労働意欲を欠いているなどの主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが養育費の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される場合に初めて、義務者が本来の稼働能力(潜在的稼働能力)を発揮したとしたら得られるであろう収入を諸般の事情から推認し、これを養育費算定の基礎とすることが許されるというべきである。

 原審は、・・・の判断において、賃金センサスを参考として夫が失職した平成27年○月以降も従前の収入(ただし、平成25年の収入であって、失職直前の年収が同程度であるかは不明)と同程度の収入を得られたはずであると認定判断している。

 しかしながら、一件記録によれば、夫は、失職後、就職活動をして雇用保険を受給しているが、原審判がされた平成27年○○月○○日の時点では未だ就職できていなかったことが認められるところ、その状態が、夫の主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮していないものであり、妻との養育費分担との関係で公平に反すると評価されるものかどうか、また、仮にそのように評価されるものである場合において、夫の潜在的稼働能力に基づく収入はいつから、いくらと推認するのが相当であるかは、夫の退職理由、退職直前の収入、就職活動の具体的内容とその結果、求人状況、夫の職歴等の諸事情を審理した上でなければ判断できないというべきであるが、原審は、こうした点について十分に審理しているとはいえない。なお、少なくとも、夫が平成27年○月に失職した直後から従前の収入と同程度の収入が得られたはずであるとの原審の認定判断は、夫が退職する必要もないのに辞職したというような例外的な事情がある場合でない限り、是認できないものである。

 また、仮に夫が失職した直後から直ちに潜在的稼働能力に基づく収入を算定することが相当でないのであれば、それが相当でない期間は、雇用保険による実収入について審理し、これを養育費算定の基礎とする必要がある。

 さらに、原審の認定判断を前提としても、原審が平成26年○月から平成27年○月までの間につき、夫が妻に支払うべき未成年者らの養育費の減額を認めず、同年○月以降のそれについてのみ減額を認めた根拠も不明である。

 以上に加えて、夫が当審において提出した○○によれば、夫は、原審判後の平成27年○月○○日に○○○○と労働契約を締結し、平成28年○月○○日から就業を開始することになり、その収入は業務の成果によって変動する約定となっていることが認められ、この事実も本件申立ての当否に影響する事情となり得る。」

コメント

 夫が負担すべき養育費負担額につき、夫がその稼働能力に比して明らかに低額な収入しか得ていない場合、潜在的稼働能力を基に負担額が算定されることがあります。

 分かりやすく言うと、「これくらいは収入を得ることができるはずだ」ということです。

 ただし、潜在的稼働能力を基に負担額が算定されるためには、相応の事実認定が必要であり、上記高裁決定に留意してください。

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(弁護士 井上元)