婚姻費用については「東京・大阪養育費等研究会提案の算定方式に基づく算定表」(算定表)に基づき算定されることは周知されていると思いますが、支払開始時期や修正される場合もあり、実務上、争いになることも多々あります。
東京家裁平成27年8月13日審判は、このうち、幾つかの事柄につき判断していますのでご紹介します。
東京家裁平成27年8月13日審判
事案の概要
① 妻と夫は,平成5年に夫婦であり、長男、長女及び二男がいる。自宅は、夫婦共有であり(夫持分4分の3、妻持分4分の1)、平成25年に夫が自宅から出て別居した。
② 妻の年収は364万円、夫の年収は464万円である。
③ 長男は私立大学4年生、長女は専門学校2年生、二男は中学校3年生である。
④ 妻は、平成26年1月、夫に対し内容証明郵便にて婚姻費用の支払いを求め、同年2月、家庭裁判所に調停を申し立てたが、まとまらなかった。
審判の内容
1 分担額算定方法及び分担の始期について
「婚姻費用の具体的な分担額については、東京・大阪養育費等研究会提案の算定方式に基づく算定表(判例タイムズ1111号285頁参照。以下、単に「算定表」という。)を参考にして算定するのが相当である。そして、その分担の始期については、婚姻費用分担義務の生活保持義務としての性質と当事者間の公平の観点からすると、本件においては、妻が夫に内容証明郵便をもって婚姻費用の分担を求める意思を確定的に表明するに至った平成26年1月とするのが相当である。」
2 成人の子である長男・長女について
「長男については、同月時点で既に成人に達しており、また、長女についても、平成27年○月に成人に達するものの、長男及び長女ともに就学中であることに鑑み、算定表による算定に当たっては、未成熟子として取り扱うのが相当である。」
3 算定表による算定
「妻の総収入は約364万円、夫の総収入は約485万円と認められる。そこで、これらの総収入を、平成26年○月から平成27年○月までは算定表の表18婚姻費用・子3人表(第1子及び第2子15~19歳、第3子0~14歳)に、二男が15歳になる同年○月以降については算定表の表19婚姻費用・子3人表(第1子、第2子及び第3子15~19歳)に当てはめると、本件は、平成26年○月から平成27年○月までは、月額8~10万円の範囲内に、同年○月以降については、月額10万円の境界線付近に位置付けられる。」
4 算定表によることができない特別の事情の有無(夫の住宅ローンの支払)
「妻は自らの住居関係費の負担を免れる一方、夫は自らの住居関係費とともに妻世帯の住居関係費を二重に支払っていることになるから、婚姻費用の算定に当たって住宅ローンを考慮する必要がある。もっとも、住宅ローンの支払は、資産形成の側面を有しているから、夫の住宅ローンの支払額全額を婚姻費用の分担額から控除するのは、生活保持義務よりも資産形成を優先させる結果となるから相当でない。そこで、当事者双方の収入や住宅ローンの支払額、夫の現在居住している住居の家賃の額や家計調査年報の当事者双方の総収入に対応する住居関係費の額などの一切の事情を考慮し、本件では、次のとおりの金額を婚姻費用の分担額から控除するのが相当である。」とし、平成26年○月から同年○月まで月額3万円、平成26年○月以降月額1万円を控除しました。
5 算定表によることができない特別の事情の有無(長男及び長女の教育にかかる学費等)
「長男及び長女の教育にかかる学費等を算定表の幅を超えて考慮するかどうか検討するに、夫は、長男が私立の大学に通うこと及び長女が専門学校に通うことについて承諾していたものの、これらの承諾は長男及び長女が奨学金の貸与を受けることを前提としたものであったことは、上記○○で認定したとおりであるところ、上記○○で認定した事実によれば、長男及び長女は毎月12万円の奨学金の貸与をそれぞれ受けており、長男及び長女の教育費にかかる学費等のうち、長男の通う大学への学校納付金については全て、また、長女の通う専門学校への学校納付金についても9割以上、各自の受け取る奨学金で賄うことができる。これに、算定表で既に長男及び長女の学校教育費としてそれぞれ33万3844円が考慮されていること、夫が、現在居住している住居の家賃の支払だけでなく、本件ローンの債務も負担していること、長男及び長女がアルバイトをすることができない状況にあると認めるに足りる的確な資料がないこと、当事者双方の収入や扶養すべき未成熟子の人数その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、長男及び長女の教育にかかる学費等を算定表の幅を超えて 考慮するのが相当とまではいうことはできない。」
「妻は、長男及び長女が奨学金の貸与を受けていることは、夫の婚姻費用の分担義務を軽減させるべき事情とはならないと主張する。しかしながら、貸与とはいえ、これらの奨学金により長男及び長女の教育にかかる学費等が賄われていることは事実であり、しかも、これらの奨学金で賄われる部分については、基本的には、長男及び長女が、将来、奨学金の返済という形で負担するものであって、当事者双方が婚姻費用として分担するものではない(このことは、長男が夫の別居を理由に奨学金の額を増額していたとしても、異なるものではない。)のであるから、奨学金の貸与の事実が、夫の婚姻費用の分担義務を軽減させるべき事情にならないということはできない。」
6 婚姻費用の分担額
上記により、時期毎に分け、月額6万円~9万円としました。
コメント
上記審判は、各論点につき、実務では主流となる見解に従って判断したものです。一般論だけでは理解しづらい事柄を具体的に説示していますので、参考になると思います。
(弁護士 井上元)