養育費支払いの債務名義(調停調書、審判、判決、公正証書など)があるものの、夫が支払ってくれず、夫の財産を差押えようにも預金の所在や勤務先が分からないため、差押えもできないという方も多いのではないでしょうか。
この点、令和2年4月1日から改正民事執行法が施行され、これらの差押えを容易にする制度が新設されました。
令和元年(2019年)5月10日、民事執行法及び国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律の一部を改正する法律(令和元年法律第2号)が成立し(同月17日公布)、原則、令和2年(2020年)4月1日から施行されたのです。
改正法では、⑴財産開示手続の見直しとともに、⑵第三者からの情報取得手続(①不動産に関する情報取得手続、②給与債権に関する情報取得手続、③預貯金債権に関する情報取得手続)が新設されました。
これらのうち、養育費による差押えに重要と思われる、財産開示手続の見直し、給与債権に関する情報取得手続、預貯金債権に関する情報取得手続をご紹介します。
財産開示手続の見直し
財産開示手続
財産開示手続とは?
財産開示手続とは、裁判所が債務者に対して財産の開示を命ずる手続です。金銭執行の債権者は、執行の対象となる債務者の財産を特定して差押えの申立てをしなければならないのが原則ですが、債務者がどこにどういう資産をもっているのかを突きとめるのは債権者にとって困難な場合が多いため、平成15年の民事執行法改正により導入された制度です。
先に実施した強制執行の不奏功の要件
財産開示手続が実施されるためには、①強制執行又は担保権の実行における配当等の手続(申立ての日より6か月以上前に終了したものを除く。)において、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得ることができなかったこと、又は、②知れている財産に対する強制執行を実施しても、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得られないことの疎明があつたこと、のいずれかの要件を満たすことが必要です(197条1項)。
財産開示手続の再実施が制限される期間
財産開示手続が実施された日から3年以内は、原則としてこの手続の再実施はされないこととされています(197条3項)。
2020年改正による改正点
財産開示手続の申立権者の範囲の拡大
これまで財産開示手続の申立権者は限定されており、金銭債権についての強制執行の申立てをするのに必要とされる債務名義のうち確定判決等を有するものに限定されていました。
改正法では、金銭債権についての強制執行の申立てをするのに必要とされる債務名義であれば、いずれの種類のものであっても、これに基づいて財産開示手続の申立てをすることができることとされました。
これにより、例えば、執行証書(公正証書)により養育費の分担を取り決めた養育費の請求権者(債権者)も養育費の支払義務者(債務者)について財産開示手続の申立てができるようになりました。
手続違反に対する罰則の強化
これまで、財産開示手続において、開示義務者が、正当な理由なく、呼出しを受けた財産開示期日に出頭せず、又は財産開示期日において宣誓を拒んだ場合や、宣誓した開示義務者が、正当な理由なく陳述を拒み、又は虚偽の陳述をした場合には、これらの手続違反をした者を30万円以下の過料に処することとされていました。
改正法は、これらの場合における罰則を強化し、213条1項5号及び6号は、その法定刑を、6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処するものとしました。
給与債権に関する情報取得手続
給与債権に関する情報取得手続とは?
給与債権に関する情報取得手続とは、執行裁判所が、債務名義を有する債権者からの申立てにより、市町村や日本年金機構等から債務者の勤務先を特定するのに必要な情報を取得する手続です。
個人が債務者であるケースでは、その最も重要な財産が給与債権であることが少なくないにもかかわらず、債権者にとって債務者の勤務先を把握することは必ずしも容易ではないことや、近時では、養育費の履行確保等の観点から、債務者の給与債権に対する差押えを容易にするために新設されたものです。
給与債権に関する情報取得手続の要件
債務名義の対象となっている請求権
債務名義の対象となっている請求権が、①養育費等の扶養義務等に係る請求権、及び、②人の生命・身体の侵害にかかる損害賠償請求権に限られます。
これらに限定されたのは、第三者から債務者の給与債権に関する情報の取得を求めることができるのは、その必要性が特に高い場面に限定するのが相当と考えられたからです。
先に実施した強制執行の不奏功
債務者のプライバシーや営業秘密に属する情報を強制的に取得するものですので、必要性が高い場合に限り、手続を実施するのが相当であると考えられたからです。
財産開示手続の前置
情報を保護の必要性に配慮する必要性がある一方で、先に財産開示手続が実施されたのであれば、債務者は、既に自己の財産を秘匿する正当な利益を有しないものといえるからです。
預貯金債権に関する情報取得手続
預貯金債権に関する情報取得手続とは?
預貯金債権に関する情報取得手続とは、執行裁判所が、債務名義を有する債権者からの申立てにより、銀行等の金融機関から債務者の預貯金債権等に関する情報を取得する手続です。
預貯金債権に関する情報取得手続の要件
銀行等を選択しなければならない
預貯金債権に関する情報取得手続の申立てをする際には、情報の提供をすべき銀行等を具体的に選択する必要があります。
全ての銀行等のあらゆる預貯金債権に関する情報を集約している機関は存在しないからです。
「先に実施した強制執行の不奏功」の不要
先に実施した強制執行の不奏功は求められていません。
「財産開示手続の前置」の不要
財産開示手続の前置も求められていません。
預貯金債権等については、通常、その処分が容易ですので、財産開示手続の前置を要求すると、その間に債務者によって隠匿されるおそれがあるためです。
参考サイト
(弁護士 井上元)