裁判で子の引渡しが命じられても、相手方が任意に子を引き渡してくれない場合、強制執行の手続をとる必要があります。
旧民事執行法には子の引渡しの強制執行の明文の規定がなく、間接強制のほか、動産の引渡しの強制執行の規定(民事執行法169条)を類推適用して、執行官が、債務者による子の監護を解いて債権者に子を引き渡す直接強制の方法によって行われてきました。しかし、子の引渡しを命ずる裁判の実効性を確保するとともに、子の心身に十分な配慮をするなどの観点から、民事執行法が改正され、子の引渡し執行の規定が明文で定められました。
令和元年(2019年)5月10日、民事執行法及び国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律の一部を改正する法律(令和元年法律第2号)が成立し(同月17日公布)、子の引渡しの強制執行に関する規定は令和2年(2020年)4月1日から施行されます。
また、国際的な子の返還の強制執行に関する規定も同様の改正がなされています。
直接強制申立手続
強制執行の方法
強制執行の方法には、直接強制(執行裁判所が執行機関となり、執行官に子の引渡しの実施を命ずる旨を決定し、そのうえで、執行官が執行場所に赴き、債務者による子の監護を解いて債権者に引渡すもの)と間接強制(債務を履行しない義務者に対し、一定の期間内に履行しなければその債務とは別に間接強制金を課すことを警告することで義務者に心理的圧迫を加え、自発的な支払を促すもの)があります(174条1項)。
直接強制の申立ての要件
直接強制の申立ては次のいずれかに該当するときでなければすることができません(174条2項)。
① 間接強制の決定(第172条第1項)が確定した日から2週間を経過したとき(当該決定において定められた債務を履行すべき一定の期間の経過がこれより後である場合にあっては、その期間を経過したとき)。
② 間接強制を実施しても、債務者が子の監護を解く見込みがあるとは認められないとき。
③ 子の急迫の危険を防止するため直ちに強制執行をする必要があるとき。
直接強制申立書の記載事項及び添付書類
記載事項(新民事執行規則157条1項)
① 債権者及び債務者の氏名又は名称及び住所並びに代理人の氏名及び住所(1号)
② 債務名義の表示(2号)
③ 求める裁判の内容(5号)
④ 子の氏名
⑤ 直接強制を求める理由及び子の住所
⑥ 174条2項2号又は3号に掲げる事由に該当する具体的な事実
添付書類(新民事執行規則157条2項)
① 執行力のある債務名義の正本
② 174条2項1号に該当することを理由とする場合は当該決定の謄本及び当該決定の確定についての証明書
債務者の審尋
執行裁判所は、直接強制の決定をする場合には、債務者を審尋しなければなりません。ただし、子に急迫した危険があるときその他の審尋をすることにより強制執行の目的を達することができない事情があるときは、この限りでありません(174条3項)。
執行官に子の引渡しを実施させる旨の決定(実施決定)
執行裁判所は、直接強制の決定において、執行官に対し、債務者による子の監護を解くために必要な行為をすべきことを命じなければなりません(174条4項)。
裁判管轄
直接強制の執行裁判所は、第33条第2項第一号又は第六号に掲げる債務名義の区分に応じ、それぞれ当該各号に定める裁判所となります(174条5項)。
具体的には、債務名義の区分に応じ、確定判決、審判等の裁判や上級裁判所において成立した和解又は調停に基づく申立てについては第一審裁判所が、和解や調停(上級裁判所で成立した和解及び調停を除きます)に基づく申立てについてはその和解等が成立した地方裁判所又は家庭裁判所が管轄することになります。
例えば、家庭裁判所における判決、家事審判又は審判前の保全処分において子の引渡しが命じられた場合や、家庭裁判所における家事調停において子の引渡しを内容とする調停が成立した場合には、これらに基づく子の引渡しの直接的な強制執行は、当該家庭裁判所が管轄することになります。
なお、執行裁判所による実施決定に基づいて執行官が子の引渡しを実施する場合における休日又は夜間の人の住居に立ちいって職務の執行に係る許可(民事執行法8条)は、執行官がその所属する地方裁判所から受けることとなると考えられています。
費用
直接強制の執行裁判所は、申立てにより、債務者に対し、その決定に掲げる行為をするために必要な費用をあらかじめ債権者に支払うべき旨を命ずることができます(174条5項による171条第2項の準用)。
不服申立
子の引渡しの直接執行の申立て又は費用前払決定の申立てについての裁判に対しては、執行抗告をすることができます(174条6項)。
執行官による引渡実施
執行官に対する引渡実施の申立て
子の引渡しの直接的な強制執行を実施する旨の執行裁判所の決定がされた場合、債権者は、その引渡実施の実施場所(原則として、子の所在地)を職務区域とする執行官に対し、引渡実施を申し立てることになります。
執行官の権限
執行官の権限等につき次のように規定されています(175条)。
① 債務者に対し説得を行うこと。
② 債務者の住居その他債務者の占有する場所に立ち入り、子を捜索するとともに、必要があるときは、閉鎖した戸を開くため必要な処分をすること。
③ 債権者若しくはその代理人と子を面会させ、又は債権者若しくはその代理人と債務者を面会させること。
※「代理人」とは、債権者から委任を受けた代理人であれば足り、いわゆる訴訟代理人となることができる者(弁護士等)のように手続上の行為を行う権限を有する者に限られないものと考えられています。
④ その場所に債権者又はその代理人を立ち入らせること。
⑤ 債務者が説得に応じずに抵抗する場合には、債務者や第三者の抵抗を排除するために威力を行使したり、警察上の援助を求めたりすること(民事執行法6条1項)。
ただし、執行官は、子に対して威力を用いることはできず、子以外の者に対して威力を用いることが子の心身に有害な影響を及ぼすおそれがある場合には、当該子以外の者についても威力の行使をすることができないとされています(175条8項)。
債務者の住居以外での執行
子の引渡しの直接的な強制執行は、債務者の住居等の債務者の占有する場所において実施することが原則ですが、執行官が、子の心身に及ぼす影響、当該場所及びその周囲の状況その他の事情を考慮して相当と認めるときは、それ以外の場所においても実施することができます。ただし、当該場所の占有者の同意又はこれに代わる執行裁判所の許可を要します(175条2項、3項)。
保育所・幼稚園・学校や公道・公園での執行も考えられますが、実際上は、これらの場所で強制執行が実施されることは余り想定されておらず、祖父母の自宅等が想定されているようです。
債務者同時存在の不要
これまでの実務では、執行の場所で子が債務者と共にいる場合(同時存在)でなければ直接強制を実施することができないとされていましたが、債務者が子を祖父母に預けるなどして意図的に同時存在の状況を回避しようとする事案などがあったため、改正法では、子と債務者の同時存在の要件は不要とされました。
債権者の出頭の原則
改正法では、同時存在の要件を不要としたうえで、債務者の不在により、執行官を始めとする見知らぬ大人だけが執行の現場にいることで子が不安を覚えることがないよう、原則として債権者本人の出頭を要件としています(175条5項)。
ただし、債権者が出頭することができない場合であっても、その代理人が債権者に代わって当該場所に出頭することが、当該代理人と子との関係、当該代理人の知識及び経験その他の事情に照らして子の利益の保護のために相当と認めるときは、債権者の申立てにより、債務者による子の監護を解くために必要な行為をすることができる旨の決定をすることができるとされています(175条6項)。
執行裁判所及び執行官の責務
執行裁判所及び執行官は、子の引渡しの強制執行の手続において子の引渡しを実現するに当たっては、子の年齢及び発達の程度その他の事情を踏まえ、できる限り、当該強制執行が子の心身に有害な影響を及ぼさないように配慮しなければならないとされています(176条)。
具体的には、①児童心理の専門家を執行補助者として立ち会わせることの要否を吟味すること、②実際に児童心理の専門家を立ち会わせるとして、執行官、専門家の役割分担、子への声掛けの順序、子を安心させるための話題、現場にいる債務者への説得事項や方法等について、綿密な打合せを行うこと、③執行の現場において、子の心理状態をよく見極めながら債権者側と債務者や子と対面させるタイミングに意を払うこと、④執行官が債務者に対する説得を行っている際には、児童心理の専門家が子の相手をするなど臨機応変に対応しつつ、子の心理の平穏を保つための工夫を行うことなどが考えられています。
強制執行の手数料
子の引渡しの直接的な強制執行の申立手数料
2,000円とされています。
執行場所の占有者の同意に代わる執行裁判所の許可や債権者の代理人による執行場所への出頭を認める旨の執行裁判所の決定などの申立手数料は500円とされています。
執行官の手数料
執行官の手数料は25,000円とされていますが、児童心理の専門家を執行補助者とする場合や解錠業者が必要な場合などは別途費用を要します。
参考サイト
改正民事執行法条文
第174条(子の引渡しの強制執行)
1 子の引渡しの強制執行は、次の各号に掲げる方法のいずれかにより行う。
一 執行裁判所が決定により執行官に子の引渡しを実施させる方法
二 第172条第1項に規定する方法
2 前項第一号に掲げる方法による強制執行の申立ては、次の各号のいずれかに該当するときでなければすることができない。
一 第172条第1項の規定による決定が確定した日から2週間を経過したとき(当該決定において定められた債務を履行すべき一定の期間の経過がこれより後である場合にあつては、その期間を経過したとき)。
二 前項第二号に掲げる方法による強制執行を実施しても、債務者が子の監護を解く見込みがあるとは認められないとき
三 子の急迫の危険を防止するため直ちに強制執行をする必要があるとき。
3 執行裁判所は、第1項第一号の規定による決定をする場合には、債務者を審尋しなければならない。ただし、子に急迫した危険があるときその他の審尋をすることにより強制執行の目的を達することができない事情があるときは、この限りでない。
4 執行裁判所は、第1項第一号の規定による決定において、執行官に対し、債務者による子の監護を解くために必要な行為をすべきことを命じなければならない。
5 第171条第2項の規定は第1項第一号の執行裁判所について、同条第4項の規定は同号の規定による決定をする場合について、それぞれ準用する。
6 第2項の強制執行の申立て又は前項において準用する第171条第4項の申立てについての裁判に対しては、執行抗告をすることができる。
第175条(執行官の権限等)
1 執行官は、債務者による子の監護を解くために必要な行為として、債務者に対し説得を行うほか、債務者の住居その他債務者の占有する場所において、次に掲げる行為をすることができる。
一 その場所に立ち入り、子を捜索すること。この場合において、必要があるときは、閉鎖した戸を開くため必要な処分をすること。
二 債権者若しくはその代理人と子を面会させ、又は債権者若しくはその代理人と債務者を面会させること。
三 その場所に債権者又はその代理人を立ち入らせること。
2 執行官は、子の心身に及ぼす影響、当該場所及びその周囲の状況その他の事情を考慮して相当と認めるときは、前項に規定する場所以外の場所においても、債務者による子の監護を解くために必要な行為として、当該場所の占有者の同意を得て又は次項の規定による許可を受けて、前項各号に掲げる行為をすることができる。
3 執行裁判所は、子の住居が第一項に規定する場所以外の場所である場合において、債務者と当該場所の占有者との関係、当該占有者の私生活又は業務に与える影響その他の事情を考慮して相当と認めるときは、債権者の申立てにより、当該占有者の同意に代わる許可をすることができる。
4 執行官は、前項の規定による許可を受けて第1項各号に掲げる行為をするときは、職務の執行に当たり、当該許可を受けたことを証する文書を提示しなければならない。
5 第1項又は第2項の規定による債務者による子の監護を解くために必要な行為は、債権者が第1項又は第2項に規定する場所に出頭した場合に限り、することができる。
6 執行裁判所は、債権者が第1項又は第2項に規定する場所に出頭することができない場合であつても、その代理人が債権者に代わつて当該場所に出頭することが、当該代理人と子との関係、当該代理人の知識及び経験その他の事情に照らして子の利益の保護のために相当と認めるときは、前項の規定にかかわらず、債権者の申立てにより、当該代理人が当該場所に出頭した場合においても、第1項又は第2項の規定による債務者による子の監護を解くために必要な行為をすることができる旨の決定をすることができる。
7 執行裁判所は、いつでも前項の決定を取り消すことができる。
8 執行官は、第6条第1項の規定にかかわらず、子に対して威力を用いることはできない。子以外の者に対して威力を用いることが子の心身に有害な影響を及ぼすおそれがある場合においては、当該子以外の者についても、同様とする。
9 執行官は、第1項又は第2項の規定による債務者による子の監護を解くために必要な行為をするに際し、債権者又はその代理人に対し、必要な指示をすることができる。
第176条(執行裁判所及び執行官の責務)
執行裁判所及び執行官は、第174条第1項第一号に掲げる方法による子の引渡しの強制執行の手続において子の引渡しを実現するに当たつては、子の年齢及び発達の程度その他の事情を踏まえ、できる限り、当該強制執行が子の心身に有害な影響を及ぼさないように配慮しなければならない。
(弁護士 井上元)